モナムール京都
主に京都で活動する演劇人・川渕幸治郎の今を手前味噌でお届けする雑録ウェブログです。
イラストレーション:五藤七瑛(演劇集団Q)

Next Works

【出演・制作】
ピンク地底人プロデュース
『SALLY SINAMON』
作・演出:林家蔵之介(ピンク地底人3号)
2008年1月11日(金)~13日(日)
京都市東山青少年活動センター創造活動室

2007年春に引き続いてピンク地底人プロデュースに出演します。ここの作家・林家くんはこの一年で、僕がイチオシする作家さんです。また一緒にできるのは嬉しいことです。



Profile

川渕幸治郎

Author:川渕幸治郎
京都にてフリーの役者として活動。WEBデザイン・グラフィックデザインも手がける。
下のコンテンツは一部準備中です。少々お待ちください。



詳しいプロフィール紹介。
ご依頼の要綱もこちらに。
3/9更新!


生い立ち及び芝居歴。
準備中。


デザイン関連の作品集。
第三回アップ。


ご連絡はこちらに。
(メーラーが起動します。
ご注意ください)



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pizzicato five I love you
20061214081024.jpg

早速借りてきた小西康陽自身による
pizzicato fiveベスト盤。

先の記事に書いたpizzicato five、というか
小西氏自身の内臓をさらしたが如き神経のすみずみに
まで行き渡るような静かな名曲集。

アコースティックなリミックス(再アレンジ)を
多数含んでいる。
音遊びの要素はほとんど見られず、ストレートな
アレンジでpizzicato fiveを楽しめる。

もう先の記事で大抵のことは語ったので言うことは
あまりない。これこそがpizzicato fiveの中核。
小西詩作の真髄。

一人で部屋で聞くのがいいだろう。

不意に、酔っ払った、曇った朝に聴いて涙が出た。
色々なことと、今の自分のことを思い返して。
酔っ払った勢いだけで、というわけでもあるまい。

買うね。これは。
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pizzicato five we love you、そして小西論
pizzicato.jpg

半年ほど前に記事にしたpizzicato five
(以下ピチカートと表記)の新作ベストの
うち一枚をビデオインアメリカで発見し
(最近CDの大量入荷があったのだ)、
ようやく聴くことができた。

ピチカートからは様々なベスト盤が
発表されているが、今回はピチカート・マニア
代表としてレコード・ショップ"Moodsville"の
ディレクターでありDJなどで活躍している
平林伸一氏が選曲したもの。

したがってシングル曲が少なめでマニアックな
趣が強い。僕も言うほど多くのレコードを
聴いたわけではないので、知らない曲が半数を
占めていて興味深かった。

あくまで「キャッチ-でポップ」なピチカートの
面を強調した作りで、何も考えず聴けて踊れる
(自室で踊ってるわけではないですよ念のため)
ライトな一枚。素晴らしい。

M17 『クエスチョンズ』がお気に入り。
極上のポップ・チューン。

ピチカートの音作りの大半を担っていた小西康陽氏に
ついて最近思うのは、彼の曲にはちゃんと魂が
こもっているんだなあということ。

どちらかというと「音で遊ぶ」傾向の強い
ミュージシャンであり、あまりにあざとく映る
その楽曲が好かないという人は多い。
彼は自分の手がけるユニット以外にも数多くの楽曲・
編曲・リミックスを提供しているのであるが、
それがことに評判が悪い。それはその「音をもて
あそぶ」感覚と「こうやったら君たちはお洒落で
かっこいいと思うんでしょ」的な欺瞞の匂いが
感じられるからではなかろうか。

そういう向きは否定しないし、退屈なミックスも
あるにはある。一部のマニアのように神だ、とは
僕は言えない。

が、彼はあくまで大量生産・大量消費されるポップ
メイカーであり、そこを弁えて確信犯的に
自分の得意分野たる「音遊び」の刀でもって
ふりかかってくる仕事を千人切りしているのだ。
その姿は長い時間をかけて渾身の一滴のごとき
作品を送り出す職人肌のミュージシャンとは
ほど遠い(日本人は職人肌がとにかく好きだ)が、
プロとして素晴らしい仕事っぷりだと思うのだが。

しかしそれは彼の一面に過ぎない。いわば表の顔である。

特に自らのユニットにおいて、また特に詩作に関して、
彼はときどき自分の内臓をさらけだすような作品を
作る。これが僕が彼を評価する所以だ。

きらびやかで技巧的な要素をごてごてと
着けまくった衣装の下に垣間見える
人間らしく温かい魂。それがこのグループの
何よりの面白みではなかろうか。

来週はホールのお供に小西康陽氏の選曲による
"pizzicato five I love you"(本作の姉妹盤)
を借りて聴く予定。


IRMA COCKTAIL LOUNGE & DISCO
irma3.jpg

近くのビデオインアメリカで発掘。
基本的に僕が聞くラウンジ系ハウスやギターポップ、
ボッサ・ジャズCDの品揃えは悪い店であるが、
たまにすごいものが見つかる。それも日本もの
コンピレーションのコーナーに埋もれてるから
油断がならない。

日本人DJのセレクトによるコンピだから
日本もののコーナーに入れたんだろうが、
入ってる曲は全て外国曲なのだから、
普通ダンスコンピのコーナーに入れれば正解
なのだ。しかしここのダンスコンピコーナーは
ユーロビートやトランス系など、分かりやすい
ものしか入ってないので、店員さんも
このCDの置き所に相当困ったものだと思われる。

イタリア最大のラウンジミュージックレーベル・
IRMA(イルマ)の所有の膨大な音源の中から、
日本人のDJ・コンポーザー・アレンジャーである
FANTASTIC PLASTIC MACHINEこと田中知之が
セレクトしたシリーズの第三弾にあたるCD。

久々に大当たりの一枚。

しばらく打ち込みモノは部屋で聞くには疲れるので
どんどんアコースティックな方向に行っていたが、
久々に和んで踊れる打ち込みモノを見つけた感じだ。

しかしイタリアという国はまことにこう何というか、
何をさせてもいかがわしい。いい意味でね。

いうまでもなくルネサンス期は世界の芸術の中心だった
国だが、近代以降ではこだわりなく様々な国の
文化を受け入れ、独自に解釈して逆に世界中に
輸出しかえすことがすっかり得意な国になってしまった。

そこから映画においては、
ドキュメントモノの大虐殺映画(ほとんどやらせ
なんだけどね)やらマカロニウエスタンやら、
ゾンビ映画やら、おもにエログロ方面で大活躍な
イタリア。しかもラテン野郎の血からか、
どれも明るい笑いが底流にあると。

もちろんオサレ楽曲ばかりなんだが、
オサレであることといかがわしいことは
実は表裏一体であり、それは
元pizzicato five・小西康陽氏の仕事を
引っ張り出すのが一番分かってもらいやすい
だろう。

イタリア独特のいかがわしいオサレセンスが
凝縮された一枚。食あたりを起こす方も
いらっしゃろうが、ゲテモノオサレ人は
必聴の一枚である。


pizzicato five I love you
pizzicato.jpg

ひとつ断っておくと、今日の文章は相当にマニアックだ。
でも気合は入っている。気合に当てられてピチカートマニアが
一人でも増えることに期待したい。

さてピチカート・ファイヴの新ベストアルバムが2枚発売された。
『pizzicato five we love you』と
『pizzicato five I love you』の2タイトル。
さらにそれに併せて生産がストップしていた旧作アルバムも
一気に復活。CDについての詳しくはリリース情報にゆだねる。

ピチカート・ファイヴのコンポーザーであった
おなじみ小西康陽氏は今年より新レーベル
"COLUMBIA*READYMADE"をコロムビアから
派生させ展開しているが、その新レーベルからの
再リリースとなる。

思えばテクノ小僧だった高校生当時の僕は
初めてピチカート・ファイヴに触れて、なにより
そのアートワークに度肝を抜かれたものだった。
ボーカルであり、ビジュアルアイコンとしての
役割を果たしていた野宮真貴のマネキン然とした
出で立ちは生身でありながらどこまでも無機質で
格好良く。

音楽にしても、内外の新旧のポップスの持つ
要素をバラし、再構成したその作品は
当時聞いてたどんなテクノミュージックより
クールだった。

CDをレンタルでかき集め、すべてカセットテープに
移し所有していたものだったが、もはやカセット
テープを聞ける環境になく、最近再びレンタルの
CD-R録音で集め始めている。できれば再発盤を
手元に揃えたいところだけど、CD衝動買いできるほど
余裕があるわけでもなし。

最近、小西氏がピチカート・ファイヴ時代について
興味深い文章を、ベスト盤リリース情報に発表した
(リンク先最下部に記載)。名曲『東京は夜の
七時』(僕の着信メロディである)の開発秘話的な
ことやら90年代後半のコンポーズの傾向のことなど。

『とりわけ90年代後半に作った歌については、
あの頃いつも自分が本当に聴いてほしい、と思う
人たちの耳に届いていない、と感じていた。
それも仕方のない話だ。野宮真貴さんをフロントに
立てたパブリック・イメージで売っていながら、
ぼくはずっとプライヴェイトな歌ばかりを書いて
いたのだから。』(以上小西氏の文章より引用)

なるほど『悲しい歌』『メッセージ・ソング』など、
ピチカートの詩には「ぼく」を一人称としたものが
数多い。その上そういったものに限って、ある種の
悲劇的要素・情感を帯びた楽曲が多く、またそうした
曲ほど、とりわけて今の僕にとってみずみずしく、
美しく感じる。

基本的に小西康陽氏は悲劇作家型なんだと僕は思った。
喜劇はこの世の毒を昇華させ、それを笑い飛ばすことで
成り立つジャンルであるが、小西氏の作品には
その種の毒は感じられず、逆に彼の持つ潔癖さが
浮き彫りになっていると僕は考える。潔癖さの
行き着くところは『ハムレット』の例を挙げるまでも
なく悲劇だ。その潔癖症ゆえの美がピチカートの
魅力の中核の一つであろう。


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